森戸辰男氏(略歴)

森戸辰男氏(略歴)

「独立の学風の樹立を!」森戸辰男(昭和42年5月6日)

森戸辰男氏1888年12月23日 広島県福山東堀端に生まれる。

1914年に東京帝国大学法科大学経済科を卒業し、1916年には同大学経済学部助教授となる。1919年に雑誌『経済学研究』創刊号に「クロポトキンの社会思想の研究」を発表したところ、学内右翼団体興国同志会がこれを危険思想を宣伝するものとして攻撃した。その後起訴され、朝憲紊乱罪で禁固3ヶ月となり、東大を退官。同年に大原社会問題研究所に入り、経済学・社会問題研究のため英独仏露へ留学し、1923年に帰国した。

終戦後の1946年に衆議院議員に初当選。当時一高校長であった天野貞祐らと共に教育基本法原案の骨組みの作成に携わった。社会保険制度調査会、教育刷新委員会、給与審議会の各委員を経て、1947年6月に片山内閣に入閣、1948年10月まで文部大臣を務めた。

1949年に政界を去った後は、広島大学学長(1950~1963年)、日本育英会会長(1963~1972年)、中央教育審議会会長(1963~1971年)、日本図書館協会会長(1964~1979年)、国語審議会会長(1964~1966年)などを歴任。1971年文化功労者。

1984年5月28日逝去。享年96歳。

ページトップへ