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第7期 派遣留学生
黒沢 永さん フランス語学科 第一回

留学先:War Childhood Museum インターンシップ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
留学期間:2017年9月〜2018年8月(休学)

サラエボの町が教えてくれること

“かつて幾度もそうしてきたように、サラエボは今、再生という挑戦に立ち向かっている。町を包囲してにらみ続けていた邪悪な闇は、20世紀末に民主化の移行という暗雲に変わった。戦争終結への願いは、永遠の平和への願いに変わった。こうして今、サラエボは笑顔の都市となった。”
(「War Childhood Museum」館長ヤスミンコ・ハリロビッチさんの著書『ぼくたちは戦場で育った』(集英社インターナショナル)より抜粋)

2017年9月15日。僕は約1年ぶりに、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに降り立った。ミュンヘンからのサラエボへの空の旅はとても快適で、飛行機の高度によって変わってゆく雲の形や地上の景色が、見ていて飽きないほどとても綺麗だった。機内では、カナダのパスポートを持ったツアー客が、僕が大学で勉強したフランス語とは異なる、なまりのあるフランス語を話していた。きっと良い滞在になるな、と僕は思う。


(ミュンヘンからサラエボへ向かう機内からの景色)

この日は、僕の中で忘れられない日になった。楽しみと不安が入り混じった気持ちで、目標としてきた1年間のサラエボでの留学を迎えた日だからだ。今回は、僕が1年間を過ごすサラエボの町について、みなさんに少しお話ししたいと思う。

みなさんは、「サラエボ」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。聞いたこともない町?世界史で学習したサラエボ事件?ユーゴスラビア紛争?もしくは、サッカーのオシムさん?

そういった声が一番多く聞こえてきそうである。「文化の交差点(Meeting of Cultures)」と呼ばれるほど多様な文化が混在するサラエボの町は、時にその多様性が災いし、幾度となく悲劇の舞台となった。そして、冒頭のヤスミンコさんの言葉にある通り、サラエボはいつもそうしてきたように、再生という課題に向けて歩んでいる。

そんなサラエボの町は、私たちのそれを見る位置や角度によって、全く違うものを映し出す。

空の上からは、太陽に照らされて輝く一面オレンジ色の屋根。街中へ向かうタクシーの車窓からは、綺麗に光るミリャツカ川や鏡張りのモダンなショッピングモール。市街には、共存するモスク、カトリック教会にセルビア正教会、シナゴーグ。そしてそのすぐ隣には、いまだ銃弾の跡が残るアパートやボロボロに崩れかけた茶色の廃墟、戦争を皮肉った落書きが見える。サラエボは、私たちの見方によって多様に変わってゆく。


(サラエボを流れるミリャツカ川。廃墟(右)とモダンなショッピングモール(中央))


(銃弾の跡を埋め、現在も使われるサラエボ大学の校舎)

サラエボの町は、その語り手によっても、全く違うものを映し出す。

ある人は、
 “サラエボでの戦争のことはすべて忘れたよ、思い出したくないんだ”
と言う。

ある人は、
  “悪口を言われるから、セルビア人地区には行きたくない。”
と言う。

ある人は、
  “クロアチアには、最高の海がある
  セルビアには、最高の夜がある
  ボスニアには、最高の心がある”
と言う。

いずれも、ユーゴスラビア紛争のなかで起きたサラエボ包囲戦(1992年~1995年)を経験した方たちの言葉である。戦争の記憶に口を閉ざす人。異なる民族にいまだ恐怖感を抱く人。かつて旧ユーゴスラビアという国を構成したそれぞれの国が持つ美しさを語る人。サラエボは、その語り手によっても、多様に変わってゆく。

そんなサラエボの町は、私たちに大切なことを教えてくれる。

それは、私たちが見ているものは、けっして一様ではないということ。言いかえれば、私たちの前に広がる世界は、あまりに多様で、一つの視点ではとらえきれないということである。さらに、そうした多様性の背景には、一人一人が持つ体験や記憶があるということを、私たちは考えなければいけないのだと思う。

世界では移民排斥や自国優先といった言葉がとびかい、残念ながら、多様性への寛容さが失われつつある今、サラエボの町は、異なる宗教や文化を持つ他者と共に生きるためのヒントを私たちに与えてくれる。


(サラエボの再生を願って作られたマグネット)

そんなサラエボの町で、僕は、ヤスミンコさんが館長を務める「War Childhood Museum(子ども戦争博物館)」に1年間勤務する。ここでは、子ども時代を戦時下で過ごした(過ごす)一人一人の体験と記憶を集め展示し、世界中のたくさんの人々に見てもらうことで、民族の共生さらには戦争のない世界を目指している。僕は、ぜひ多くの人に訪れてほしいと願い、その手助けをしている。

日本からもたくさんの人に訪れてもらいたい。まずはぜひ、ヤスミンコさんの著書『ぼくたちは戦場で育った』を手に取って読んでもらいたい。個人の経験や記憶に焦点を当てながら、私たちの前に広がる多様性を理解すること、そこから民族や言語、宗教、価値観などを超えて人々が共生するすべを探ることは、戦後22年を迎えるサラエボの人たちのみならず、私たちみなが考えなければいけないことではないだろうか?

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